ミュラー列伝 <I>
帝国歴485年12月10日同盟軍の撤退によって第6次イゼルローン
要塞攻防戦が終息した.ミュラーは12月10日における戦闘,つまり,
同盟軍の後方に展開し同盟軍を罠にかける戦闘おいて,ラインハルト指
揮下の艦隊運用士官として今までと同様に優れた実績を示した.
2200隻の艦隊が同盟軍3万隻の艦隊を引きつけたこの戦闘では,徐
々に後退しながら同盟軍の前衛部隊を攻撃する手腕を如何なく発揮した.
「中佐,3万隻の敵軍を引きつけるなんて経験ははじめてです」
レエル中尉はやや興奮しながらも,艦隊に対する指示は正確に行った.
「そうだな,私も初めてだ.ミューゼル閣下はただの人ではないという
ことだな.見ろ,3万隻が本気で追いかけてくるのだぞ」
「しかし,このままだと我々は孤立しませんか?それが...」
「いや,もうしばらくするとトールハンマーがでてくるだろう.その時
にはすぐに艦隊を司令通りに動かさなければならない.その準備を怠る
とさらにひどい目にあうぞ」
「...ですね.肝に銘じておきます」
ミュラーは自軍と同盟軍の動きを見逃さないように,常に戦術モニター
を見続けていた.同盟軍の艦列は徐々にではあるが伸ばされ,無秩序な
状態になりつつあった.対して,自軍は艦隊としてこじんまりしている
ものの,同盟軍の先頭集団を常にひっぱりつつ高速に後退している.
「もう少しだ..もう少し...」
ミュラーは隣のモニターをみた.そこにはイゼルローン要塞が映し出さ
れている.それは見る者にとってどの様な印象を与えているのであろう
か..そんなことをふと思うミュラーであった.
「トールハンマー砲撃準備しています!」
「全軍天頂に張り付け!!!」
ラインハルトの命令が旗下全軍に響きわたったその瞬間,ミュラー以下
の運用士官たちはリンクされた戦術コンピュータを操作し,全ての艦艇
に急速上昇を命じていた.
2回のトールハンマーの発射によって,同盟軍の本体は半個艦隊に匹敵
する艦艇を失った.
12月10日17時40分第6次イゼルローン要塞攻防戦は同盟軍の全
面的退却をもって終息した.
この戦いで同盟軍は75万4900人の戦死者を出し,帝国軍は36万
8800名の戦死者を出した.
そして,少なくともイゼルローン要塞に立てこもる帝国軍首脳部にとっ
て,この戦いは終わりとなった.
「まだ反撃してくるかもしれん.殿の部隊に対しては警戒態勢をとり続
けるよう通達しておいてくれ.」
ミュラーは指示を出すと,腕を伸ばした.
「ん〜..疲れた..」
「中佐殿,コーヒーでも如何ですか?」
レエル中尉は振り向くと,疲れた顔をミュラーに向けた.
「そうだな..少佐どうだ?」
戦艦ヘッツァーの艦長代理である少佐は「そうですね」と答え,従卒に
艦橋要員全員分のコーヒーを持ってくるように命じた.
「しかし,この戦いは最悪だな...」
「どうしてですか?中佐」
「考えても見ろ.確かに帝国軍は勝ったし,ミューゼル閣下旗下の艦隊
も手柄を立てた.だが,我が機動部隊は壊滅したんだぞ.ヨードル閣下
も亡くなるし..」
「そうですね..私らみたいな新米でも公平に扱ってくれた司令でした
からね..ヨードル閣下は..」
艦橋にいる人々はまだ壊れたままとなっている指揮座を振り向いた.
数日前までは,そこにはヨードル准将が座わり,機動部隊に命令を発し
ていたところであった.
「中佐,旗艦から通信が入っています.ミューゼル閣下からです」
「ミューゼル閣下からか?よし,通信をつなげ」
「ミュラー中佐.卿は今回の戦い良くやってくれた.その艦隊運用につ
いても如何なく手腕を発揮してくれた.
さて,中佐,この宙域の味方艦艇の収容と敵艦の掃討を卿に命ずる.
危険な任務であるが,卿の手腕に期待する」
「はっ,拝命します」
「うむ.あとでイゼルローンで会おう」
スクリーンはすぐに消え,ミュラーは敬礼をしたまま立っていた.
「中尉,50隻ばかりでこの任務を行うので,選定してくれ」
「50隻ですか?中佐..78隻でしょう?」
ミュラーはあぁそうだなという顔をして,うなずいた.
「そうだな.78隻だ.宙域を割り振るからスクリーンを出してくれ.」
戦艦ヘッツァーの中はまた活発に活動を始めた.
今度はたぶんだれも死なないだろう.そう思うミュラーであった.
「というわけで,ミュラー中佐はその手腕を遺憾なく発揮してくれまし
た.」
ラインハルトはグーデリアン中将にミュラーの功績について説明をして
いた.グーデリアンはその説明を資料を見ながら聞いていた.報告書は
すでに見ていたが,報告書では言い表せない部分を直接ラインハルトか
ら質問をしながら聞いていたのである.
「なるほどな.よく分かった.で,卿はこの報告書をどうしたいのだ?」
グーデリアンは報告書を指さしながらラインハルトに尋ねた.
「はっ,中将閣下からミュラー中佐に対する昇進推薦をしていただきた
いと思います」
「ふむ.なるほどな.しかしだな,ミューゼル少将覚えておくと良い.
この戦争は長く続いている.そして優秀な士官は足りないときている.
今回,卿は中将に昇進するだけの功績を挙げた.つまり,次は艦隊司令
官というわけだ.」
「....」
「卿が艦隊司令官になったときに,優秀な士官は必要だろう.ちがうか
ね?」
「しかし,それでは閣下が..」
「私より卿の方が未来があると思うがね.さて,それはさておき,ここ
に昇進に関する推薦状がある.すでに私のサインは承認の欄にしてある.
推薦者の欄に卿のサインが必要なようだな..」
「いいかね.優秀な士官を集めようと思うならば,自分自身で優秀な士
官を推薦することだ.無論,ミュラー中佐だけではない,ここにある,
ビッテンフェルト大佐の推薦状も同じ事だ.でないと,将来,人に優秀
な士官を取られるぞ.」
「はっ....」
ラインハルトは推薦者の欄に署名を行った.グーデリアン中将はそれを
見て,シュトラウス大尉を呼ぶとすぐに書類を渡した.
「自分の幕僚は自分で選ぶ.無論,軍務省の官僚どもはそんなことはか
まいはしないだろう.しかし,自分が生き残るためには少しでも自分で
選んだ士官を自分の旗下に置くようにしないといけない.その為にも,
今から布石をしておくことだ」
ラインハルトはこの時直感ではあったが,ラインハルト自身の昇進推薦
をグーデリアン自身が行ったことを知った.
グーデリアンはため息をつき言葉を続けた.
「さて,私の艦隊司令官職はこれで終わりだろう.これからは軍務省の
机の上が私の戦場になるな..」
ラインハルトは敬礼をし,グーデリアンの執務室を後にした.
首都オーディンでは戦いの度に人事が行われていた.ミュラーはこのと
き中佐から大佐へ昇進を果たした.そして,その推薦人がミューゼル中
将であることを知るとすぐに挨拶に向かった.
「中将閣下,この度は推薦の程誠に有り難う御座いました」
「ミュラー中佐,いや,大佐,卿は良くやってくれた.また,そればか
りではなく,卿には才幹がある.昇進はその結果でしかない.次は将軍
だな」
「いえ,小官ごときには将は合いません.しかし,これからも粉骨砕身
やっていく所存です」
「うむ.ところで,卿はこれからどうするつもりだ.大佐となったから
には戦艦の艦長たる資格もある.しかし,できれば作戦幕僚として卿に
は旗下で活躍して欲しいが」
ミュラーは少しこまった顔をした.
ラインハルトはそれを見逃さなかった.
「なにか不都合でもあるのか?」
「はっ,実は今回昇進とともに辞令が出され,メルカッツ大将旗下の作
戦幕僚を拝命致しました.小官としてもミューゼル閣下の旗下で働きた
いのですが,こればかりは私の一存ではどうにもなりません.せっかく
推薦していただきながら,この様な結果になって申し訳有りませんが.」
ラインハルトはこのときグーデリアンの言葉を思い出していた.
なるほど,推薦する効果はこういうところに表れるのか...と
「いや,卿には責任はない.軍務省の官僚が書類だけで決済した結果だ
ろう.」
「はっ..」
ミュラーはしばらく考え込み,決意を声にだした.
「閣下が御栄達の際には,ぜひ小官をその旗下にお加えください.」
ラインハルトは頷いた.
ミュラーがラインハルトの旗下で戦うのは,アスターテ会戦の時であり,
それはメルカッツ大将旗下の作戦幕僚の時であった.ラインハルトの元
帥府に列を並べるのは貴族連合軍との戦いのときであり,同時にミュラ
ーが艦隊司令官として中将に昇進したときであった.
その後,ナイトハルト・ミュラーは鉄壁ミュラーと称され,良くライン
ハルトに仕えた.ローエングラム王朝において,ミュラー元帥の功績は
長く伝えられ,今では伝説となっている.