銀河英雄伝説 Novels

ミュラー列伝 <T>

”イゼルローンへの行軍”

「しかし,やつらも良く飽きないものだ...」
ミュラーは同僚の言葉に頷いた.
「これで6度目だぜ..6度目,イゼルローン要塞が陥落するわけがな
いのに・・」
「叛乱軍も必死なんでしょう」
「でもな,ミュラー中佐,必死でやってもイゼルローンは落ちないさ.
こっちだって必死だからね.もしイゼルローンが落ちて見ろよ...
どうなると思う?」
ミュラーたちは同僚のその言葉に考え込んだが,イゼルローンが陥落す
るとは考えられなかった.

同盟軍は6回目のイゼルローン要塞の攻略戦を展開していた.現在はま
だ征旅の途中ではあったが,すでにイゼルローン攻略に対しての情報は
帝国軍に漏れていた.帝国軍ではミュッケンベルガー元帥を中心に数多
くの艦隊が参加していた.ミュラーはグーデリアン艦隊ミューゼル分艦
隊ヨードル機動部隊におり,そこで艦隊運用士官として任に当たってい
た.現在艦隊はまだイゼルローンまで行軍の途中であり,今度の戦いが
どの様な形になるのか皆胸中は不安だらけであった.グーデリアン中将
とヨードル准将は歴戦の指揮官である.この艦隊に属しているものは皆
知っていた.しかし,ミューゼル少将に関しては全くと言っていいほど
白紙に近かった.噂では多くの武勲を立てていると言うことであるが,
20歳にもならない少年のような指揮官に信頼を寄せろというのは兵士
や士官達には無理な話であった.ましてや,あの皇帝の寵姫の弟である.
これでは信頼どころか不安感が増すばかりであった.そしてそんな中で
同盟軍によるイゼルローン攻略がもたらされたのである.
イゼルローン要塞は難攻不落である.そう聞かされているミュラー達が
イゼルローンが落ちると言うことは想像ができなかった.

「第一..どうやって落とすんだ?こちらにはトールハンマーがあるん
だぞ.それに今回はこちらも大艦隊を派遣しているし..」
皆はうなずき艦隊戦でどの様に戦うべきかについて思いを寄せた.
「ミューゼル少将は...どんな戦い方をされるのだろうか..」
ふと,ミュラーはこぼすと,同僚達はうーんといって難しい顔をした.
「結構武勲は立てていると聞いたぞ」
「でも武勲と艦隊を指揮することは違うことだぞ.パウル」
「そうだな...でも,ヨードル准将がいるから大丈夫だろう?」
「ヨードル閣下だってミューゼル少将の指揮で戦うんだぜ?」
皆はそれぞれに不安をいだいてはいたが,ミュラーはそんなに大きな不
安は無かった.ミュラーは皆の話を聞きながらもグーデリアン中将の部
屋で会ったミューゼル少将の姿を思い出していた.彼は何かを秘めてい
る,そんな印象をミュラーは持っていた.
「ミュラー中佐,いやに落ち着いているな?」
「ん..あぁ.でも,ここはミューゼル少将を信頼するしかないんだろ
う? ならば我々の仕事は如何に効率よく命令を伝え艦隊を運用するか
だろうな」
「そりゃ分かっているけどな..果たしてミューゼル閣下はちゃんと戦
術を理解できているかってことさ.個人的な武勲と艦隊戦術は大きな違
いだからな」
「まぁ,そうは言っても我々にはどうしようもないさ,そうだろう?」
チャデアンは仕方ないさって顔をして,時計をのぞき込んだ.
「おっといけない..交代の時間だぜ,ミュラー中佐行くぞ」
ミュラーはチャデアンと共に艦橋へ登っていった.この艦は旗艦であり
かなり大きな艦であったので,艦橋へ行くのも時間がかかった.

ミュラーは艦隊運用の中佐として戦艦群の艦隊運用に責任を持っていた.
つまり,主任艦隊運用士官であった.
機動部隊には戦艦200隻と巡航艦300隻が配備されており,6名の
中佐または少佐でこれらの機動部隊の運用の責を負っていた.6名の佐
官は交代で任に当たっており,2名ずつでその任に当たっていた.2名
の佐官の下にはそれぞれ10名程の尉官が配置されており,佐官の命令
によって尉官が具体的にそれぞれの艦に運用命令を送っているのである.
実戦中はかなり混乱が生じるため,3名の佐官が交代で,また15名の
尉官が交代で任に当たることになっている.しかし,実際には殆ど交代
の無い場合もあり,戦場での出来事はシュミレーションとは違うという
一面がそれだけでも良く現れていた.
現在ヨードル機動部隊はイゼルローンへの航行中であり,航海主任参謀
により行き先が指定されている.艦隊運用としては各艦が遅れていない
か,もし遅れた場合どの様にするのか等を決めている.戦闘中とはまた
違う意味で忙しい部署であった.

「現在の様子はどうか?」
ミュラーは艦橋に上がり,今まで運用にあたっていたクロップ少佐に声
をかけた.
「はっ.現在1隻の戦艦が機関の故障で若干遅れ気味ですが,これもあ
と数時間で修理できるとの報告があります.あとは特に問題ありません」
「なるほど.どの艦か?」
「はっ,詳細はレエル中尉が把握しております」
「よし.あとはレエル中尉に聞くか..では,交代を申告する」
「はっ,艦隊運用の指揮を交代いたします」
クロップ少佐はこうして艦橋を離れていった.ミュラーはレエル中尉を
呼び出し,遅れている艦の詳細を聞いたが,特に問題は無いことを確認
した.念のために1時間後にその艦と連絡をとり,状況を把握すること
を決め,現在のヨードル機動部隊の部隊配置やシュミュレーションによ
る数時間毎の配置図を確認して一息をついた.まだイゼルローンには長
い道のりが必要であった.


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