銀河英雄伝説 Novels

ミュラー列伝 <T>

”戦術会議”

グーデリアンはラインハルトに向くと言葉を交わした.
「うむ.色々と噂は聞いておるぞ,ミューゼル少将」
ラインハルトはその言い方が気に入らなかったのか,思わず顔をしかめ
たが,その表情をグーデリアンに見られてしまった.グーデリアンは笑
いながら,先を続けた.
「いや,卿には色々な噂があるが,私が興味を覚えるのは,ミューゼル
准将,いや少将が今までの戦いで数々の武勲をたてていることだけだ.
なにせ,相手は帝国軍を相手にしているのであって,貴族や平民を区別
して勝ち負けを決めているわけでないのでな」
そう答え,ラインハルトに座るように勧めた.ラインハルトはこの言葉
を好意的なものとして受け取るべきかどうか判断に迷った.
「若輩の身ながらも,閣下の旗下の艦隊に配属になりました,ラインハ
ルト・フォン・ミューゼル少将であります.」
「うむ.卿の才覚は注目に値するものがある.さしあたり,次の戦いの
時には卿には思いっきり働いてもらう所存である」
「はっ,光栄であります.閣下のお役に立てるよう微力を尽くします」
「うむ.ところで,卿の分艦隊には7人の准将が配属されたようだな.
うち4人は今回昇進したものであり,卿には少々もの足りないかもしれ
んな」
「さて,ミューゼル少将,旗下の分艦隊にはヨードル准将の機動部隊が
配属してある.さすがに4人も新任の司令官を指揮するのでは大変だろ
う.ヨードルは我が艦隊の中でも優秀な機動部隊指揮官である.卿の手
腕に期待する」
「はっ,閣下の期待に添うべく切磋琢磨いたします.」

ラインハルトはグーデリアン中将のオフィスを後にし,キルヒアイスと
ともに宿舎へ帰っていった.
「なぁ,キルヒアイス,ヨードル准将を知っているか?」
キルヒアイスは記憶の中から,その名前を捜した.
「そうですね,先日軽機動部隊から機動部隊の司令官になった人物です
ね.艦隊運用に関しては非常に長けた司令官と聞いております.」
「ほぉ..」
「また,攻勢と守勢のバランスのとれた司令官と聞いておりますが,年
齢はラインハルト様の倍くらいだと思いますよ」
キルヒアイスは笑いながら,話をグーデリアン中将の方へ持っていった.
「そうだな,グーデリアン中将は公平な味方をしてくれそうだな」
ラインハルトとキルヒアイスはグーデリアン中将の人物像について語り,
自分たちの今後の戦いについてどの様な影響が有るかなどを話し合った.

数日後,ミュラーは戦術会議に出席をしていた.この戦術会議は分艦隊
レベルのシュミュレーションを行うものであり,ある意味会議というよ
りゲームの感覚に近いものがあった.ミュラーはある分艦隊を指揮し,
味方との連携により敵軍を追いつめていったが,味方の艦隊が翻弄され
たため,敵中に孤立してしまっていた.
「いまここで,突破をおこなうのは..まずいな.あまりにも前面が厚
すぎる.」
ミュラーはいくつかのパネルを操作し,味方との連絡を図った.しかし,
味方との連絡は敵の妨害の為にとれず,救援を頼むのは無理があること
を知った.包囲網の突破の基本は敵の陣の薄い部分をつくことである.
しかし,むやみやたらに薄いところをつくと,その部分に罠が控えてい
る可能性もある.ミュラーは索敵の為に,駆逐艦をいくつか出し,その
報告を待った.
「よし..この陣の向こうには敵は無しか.大きく迂回することになる
が,やられるよりましだろう..」
ミュラーはそう考えると,自分の分艦隊をいくつかのグループに分け,
敵陣突破の部隊と後衛部隊を作った.
まず,敵陣突破の部隊を戦艦でまとめ,後衛部隊を巡航艦でまとめた.
さらに,駆逐艦のグループをつくり,独立運用の権限を与えた.ミュラ
ーの作戦の基本は敵と交戦をする瞬間に駆逐艦艦隊を別な方向から敵陣
に突入させ,その混乱に乗じて敵を突破するというものであった.
作戦を素早くまとめると,その作戦をコンピュータに入力し,すぐに作
戦の実行を命令した.戦艦群を全面に押しだすことで,敵は自軍の突破
の可能性が高いことを知った.そして敵軍が戦艦群を阻止すべく動き始
めたとき,素早く駆逐艦群を他の方向から突入させた.敵軍は一瞬では
あるもののどちらの方向に対して対応すべきか迷った.この一瞬をミュ
ラーは待っていた.ここでミュラーは戦艦と巡洋艦の主力部隊を敵軍に
ぶつけることで,敵軍に突破口を作り,素早く巡航艦をその突破口に押
しだすことで敵軍からの離脱を図った.駆逐艦群はその足が速いために
混乱している敵軍を後目に,他の方向から離脱した.敵軍はすぐに自軍
を追いかけるべく体制を整えた.ミュラーは敵軍の素早い動きに対して
矢継ぎ早に命令を行い,戦艦と巡航艦の壁をつくり対応をした.しばら
くすると味方の艦隊が来援に来て,ミュラーはほっとした.

シュミレーションの結果は双方の損害状況などをみて,引き分けに終わ
ったものの,包囲されている中から見事な戦術を見せ,攻勢と守勢の妙
技を見せたミュラーに対して,参加者は賞賛の言葉をかけた.
「貴官の戦術は実に見事なものです.」
赤い髪をした少佐に声をかけられたミュラーは照れくさそうにした.
「いえ,貴官があの時に来援に来てくれなければ,再び包囲され,殲滅
されていたでしょう.なぜ私があそこで突破すると思いましたか?」
「いえ,貴官があの場で戦力があるのに降伏をするとは思えませんでし
たし,あの場では2つの道しかないと思った迄です.つまり,包囲され
たままか,突破をするかです.そこで,もし突破を図るなら敵軍の薄い
部分からだと思い,情報を収集してあの場に直行した次第です」
ミュラーはこの赤い髪の佐官の言葉に驚いた.ミュラーの作戦がその場
で看破されていたのである.
「いえ,貴官が敵軍に居なくてよかった」
ミュラーは心底そう思った.
「私も貴官が敵軍でなくて良かったと思います.まさか敵を混乱させる
ために,駆逐艦部隊を用いるとは思いませんでした.お見事な戦術でし
た」
「いえ,あの場ではそれしか考えつかなかったのです.ところで,貴官
のお名前は..」
「申し遅れました,私はジークフリード・キルヒアイス少佐です.以後
お見知りおきを」
「私はナイトハルト・ミュラー中佐です,こちらこそ」
彼らは握手をして,戦術会議の場を別れた.


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