銀河英雄伝説 Novels

ミュラー列伝 <T>


”艦隊司令官”


「ほぉ.そのような優秀な士官がいるのか.ぜひ会って見たいものだな」
ハインツ・フォン・グーデリアン中将は旗下の艦隊の中における評判を
副官であるシュトラウス大尉から聞いて,興味を覚えた.
「はっ.若い士官ではありますが,攻勢と守勢どちらともバランスよく,
その戦術は派手さはないものの,艦隊運用としては完璧であると聞き及
んでおります.」
「うむ.大尉,ぜひ卿にはその士官と会えるように手配を進めておいて
くれ」
「はっ!」
シュトラウスもこの評判を士官学校の同期から聞いたのであった.ミュ
ラーは士官学校の先輩にあたるものの,砂色の髪をしている珍しい人物
であるということしか覚えていなかった.先日,ミュラーと同じ艦隊運
用士官であるシュトラウスの同期と話したとき,ミュラーのの評判を聞
いたのであった.その話は艦隊運用士官にしておくのはもったいないと
いう評判であった.戦いはまず生き残らなければならない.その思いは
平民出身のシュトラウスに取っては非常に大切であり,そのためにも戦
いに望むにあたり上官や同僚には勝ち残るような者が自分の身の周りに
居ることが大切であった.無論,自己中心的な考えで有ることは承知で
ある.
シュトラウスはミュラーの所属する艦隊運用部へ連絡をとり,ミュラー
に直接グーデリアン中将の言葉を伝えた.
「はっ.光栄であります.」
ミュラーはそう短く答えると,シュトラウスからの事務的な話,つまり
いつ,どこでという事を聞き,記憶にとどめた.しかし,ミュラーはな
ぜ自分がグーデリアン中将に注目をされるのかが分からなかった.たし
かに運用士官として数々の実績は積んでいるものの,たかが軽機動部隊
の佐官である.ミュラーは多少とまどいながらも,ヨードル閣下はどう
思っているのかということに思いを寄せるのであった.

「キルヒアイス,少将になったから,旗下には約3000隻の艦が配属
されるな」
ラインハルトは笑いながら,キルヒアイスの赤い髪を引っ張った.
「そうですね.3000隻ともいえば,その下に准将が6人から7人つ
きますが,それぞれ艦隊運用に長けた者であるといいですね」
キルヒアイスはラインハルトの旗下の艦隊の資料を見つめながら,機動
部隊の准将の名前を見た.
「7人の准将のうち,4人が今回昇進した者です.」
「くそ.素人を俺に押しつけやがったな.貴族どもめ..」
「ラインハルト様..そうではないと思います.たぶん,単純に事務的
なものでしょう」
「キルヒアイスがそう言うなら,そう信じることにしよう.だが,どん
な実績があるかなど,引き続き調査をしてくれないか?」
ラインハルトはそう言うと上着をとりに席を立った.
「キルヒアイス,そろそろ時間だが,用意はいいのか?」
ラインハルトは新しく少将として任官し,グーデリアン中将に着任の挨
拶に赴く時刻となっていた.ラインハルトの分艦隊はグーデリアン中将
の指揮下におかれており,一応礼儀として挨拶をしておく必要があった
のである.
「そうですね.たしか,アポイントメントは1500でしたから,そろ
そろ良い時間でしょう」
キルヒアイスは時計をみて,自分も上着を取りに行った.
ラインハルトは自分の能力に対しては自信があるものの,艦隊運用に関
しては能力を超えた部分があるため,是非とも優秀な人材が欲しいと思
っていた.そう思いつつも,軍務省は機械的に人材を振り分けるだけで
あり,自分の思うような幕僚の任免を行うには,元帥となり,元帥府を
開かなければならなかった.しかし,ラインハルトは未だ少将であり,
さしあたり,軍務省との戦いは続けなければならなかったのである.
「ラインハルト様,お待たせしました」
キルヒアイスとはそう言うと,ドアを開け,ラインハルトと供に表に出
た.

「ミュラー中佐,卿の艦隊運用に関する手腕はなかなかのものであると,
聞き及ぶが...」
グーデリアンは珈琲を手にしながら,ミュラーと対面していた.
「はっ.お耳に汚しかと存じますが,艦隊の戦術運用に関して色々と切
磋琢磨している最中であります.」
「そう謙遜するものでもないだろう,中佐.卿は攻勢,守勢のバランス
もよく,実際に演習やシュミュレーションでは良い結果を得ているでは
ないか.」
「はっ.ありがとうございます.しかしながら,あえて言わせていただ
ければ,実戦での全体的な運用は経験が無く,また実戦時には極度に混
乱し,戦術的に使える艦も徐々に減りますので,その部分のバランスを
取るのが非常に難しく,こればかりは経験を積まなければと考える次第
であります.」
「うむ,卿の心配はよく分かる.実際に実戦を経験しないとわからない
ことが多いからな.その点卿は尉官の時には運用士官として実戦を経験
しているのではないのかね?」
ミュラーはおや,という顔をした.すでに,自分の経歴はこの中将の記
憶に入っているのだ.
「はっ.確かに実戦は経験いたしましたが,前と比べまして,その戦術
の適用範囲が広がり,自分の経験していない分野がかなりありますので,
その点未だ未熟であります」
「ふむ.卿は謙虚であるな.まぁよい.遠からずその手腕を試すときが
くるだろう.その時にはしっかりと頼んだぞ.」
「はっ!」
ミュラーは返事をし席を立ち,敬礼をした.
そのとき,シュトラウス大尉がグーデリアンの部屋に入ってきた.
「閣下,ミューゼル少将がお出でになりました」
「うむ.通してくれ」
グーデリアンは短くそういうと,また珈琲を口に運んだ.
ミュラーはミューゼルという名前に興味を覚え,記憶からどの様な人物
であったかを思いだそうとしてていた.
「閣下,小官はこれで..」
グーデリアンは敬礼を返した.するとすぐにドアをノックする音が聞こ
えた.
「ミューゼル少将,参りました」
ミュラーが見たのは金髪の髪をした若い将官であった.ミュラーは自分
の記憶の中に,皇帝の寵妃の弟が将官になっていると言う話を思い浮か
べた.実際に目の前にすると,非常に綺麗な顔立ちをした青年であった.
ミュラーはラインハルトに敬礼をすると.ラインハルトもミュラーに返
礼し,ミュラーはそのままドアに向かって歩き始めた.
ミュラーは部屋を出てようやくほっとした.
「ふぅ..中将に少将..中将一人でも緊張するのに..しかし,あの
ミューゼル少将は若いな..」
ミュラーはそうつぶやくと,次の戦術会議がいつだかを思いだし,自分
のやるべきシュミュレーションの課題に思いを寄せた.


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